第二話 再会そしてサヨナラ



あり得るはずのない、本当に奇跡としか言いようのない再会を果たした亜紀と沙羅を中心に円を描くように皆が集まっている。
朝のHRは終了し、次は英語の授業だった…亜紀はそう記憶していたつもりが何故だか知らないうちに転校生の質問タイム&亜紀との関係質問タイムへと変わり果てていた。
英語教師兼担任教師を睨みつけると『まぁ生き別れた兄妹なんだから、この一時間取って遊びにしてもべつに怒られないんだよー』などといい加減なことを言う。
亜紀は沙羅との再会を心の底から嬉しいとは思うが、何故この状況を作らなければいかないのか納得がいかない。
沙羅のほうは、知らぬ間に皆と打ち溶け合っている。どうやら気に入られたご様子。
「で、お前はお袋が死んで他に身よりもなく、学校も辞め、特待生制度のあるこの学校を選んで、編入試験受けたら特待生になって、今この現状と言うことだな?」
腕を組みながら沙羅の顔を見る。
「で、そっちは3年前にお父さんが失踪して、中学生のときに特待生になって、高校も特待生になってこの現状、ということなんだ」
対して沙羅はニコニコしながら言う。
「そういえばよく似てるモンね、亜紀ちゃんも沙羅ちゃんも」
と聡が言う。
周りが皆頷き肯定する。
「そうよね。違うって言ったら、髪の長さと、身長くらいかしら?」とクラスの委員長、富田トミタ アカネが言う。
それに対しても皆頷く。
「(そんなに似ってかなぁ)」
当の亜紀はそうも思っていない。
「(それより)」
亜紀は後ろをチラリと向く。異様な殺意を周囲に放った恭介が亜紀を睨んでいる。
「(アレは何だろう?)」
直ぐに前を向きなおし気が付かなかった振りをする。
そのとき、担任の香美先生が二度ほど手を叩く。
「はい。じゃあ転校生自己紹介をよろしく頼むよ」
はい。と立ち上がり
「では、改めて、浅沼沙羅です。亜紀とは双子の兄妹で、亜紀が兄で私が妹です。
身長は156p。体重は秘密です」
体重を言う時だけ悪戯っぽく笑いながら言う。
「じゃあ何か質問してもいいぞー」
香美先生の一言 その一瞬で男子勢はほぼ全員手を上げている。
(そんなに転校生ってすごいモンかぁ?)
亜紀は呆れた顔で男子勢を見渡す。
反対に女子勢は総出で引いていた。
沙羅は困ったように苦笑いを浮かべつつ、潤んだ瞳で亜紀の方をみる。
その目は助けてくれといっているが、亜紀は
「しるか」と一瞥して眠ってしまう。
とまぁこうして一時間目は終了した。

その後の授業は普通に消化してしまった。あった事といえば、あの一時間目に亜紀が物凄い剣幕で恭介に怒られたこと(内容は、『なんで、あんな可愛い娘が亜紀ちゃんの妹なんだよー!!』のこと)
そして昼休みは可愛い転校生(亜紀は似たような顔なので可愛いとは思わないが)を一目見ようと他のクラス中から1年C組に集まってくる始末となった。
そんなこんなで昼休みも過ぎその次の授業も終わってしまった。その間運命的再会を果たした生き別れの兄妹は一言も喋れない状況下にあった。
そして、放課後
香美先生の終礼も終わり先生の最後の一言
「んじゃ宿題は忘れんなよー。忘れたら耳にチョーク挿し込みの刑だからねー」
と言い無造作にポッキーの箱を開けてそこから一本引き抜き口に銜えてでていった。
その香美先生がドアから出て行く瞬間、男子生徒の殆どが同時に立ち上がり浅沼沙羅の元へ突っ込んでいくのであった。
「沙羅ちゃ〜ん一緒に帰ろ?」「いや、一緒に帰るのは俺だ!!」「馬鹿、小林!!沙羅ちゃんと一緒に帰るのは俺だ!!」「俺だ!!」「俺だ!」と皆理不尽なことばかり言って沙羅を困惑させる。
亜紀は近くに座っている男子達に
「なぁ。ここに居ると多分他のクラス達の連中もやって来るぞ?早く帰ろうぜ」
近くにいた男子とは、まぁ亜紀と馴染みの深い連中ばかりだった。
秀才メガネの絢木アヤキ 康司コウジ
「あぁ。そうだな早めに帰らないとこりゃ大変なことになりそうだ」
ズレた眼鏡を直しながら苦笑いを浮かべる。
赤毛の男子、ワタリ 千尋チヒロ
「う〜んそうだねぇ…ここは関係のない人は退散するべきだね」
とこちらも笑みを引きつらせている。
「でも…皆たのしそうだねぇ」
眠たげに海島ウミシマ ハルカが告げる。
「でもさ、亜紀ちゃん。妹さんなんでしょ沙羅ちゃん?ほっといていいの?」
いつもの幼い聡の声。
「あぁ、その点は大丈夫でしょ。俺の記憶が正しければあいつはこういう状況は一人でも切り抜けられるタイプだったし、それに何より“俺”の妹だぞ?こんな状況楽に切り抜けられなきゃオカシイ…って、千尋達は沙羅と面識無いのは分かるけど、サトは面識あるだろ?」
聡とは幼稚園からの付き合いだ。同じ幼稚園に通っていた沙羅とは面識があってもいいはずなのだ。
「えっ?じゃあ忘れてるのかなぁ。でもそれ言ったら恭介だって面識あっても良さそうじゃない?」
首をかしげながら頭上に疑問符を浮かべる。
「まぁそれもそうか。もう10年も前の話しだもんな。忘れてても当然か…」
「そういえば俺は聞いてないな、亜紀の生き別れた妹の話なんて」
千尋が口を開く。
「あん。そうだっけか?」
「あぁ、俺も聞いてないな。そんな話は」
メガネ君、康司も言う。
「ボクも聞いてない…」
相変わらず眠たげな声を上げる遥。
「ボクも聞いたことないよ!亜紀ちゃんどういうこと!?」
幼さを残す聡の声
「そうかぁ?ま、今度、話してやるよ。それよりさ、商店街に出来たクレープ屋行きてぇんだよ。一緒に食いに行こ…
言いかけた時だった
一緒に帰ろうコールをしていた男子の声が止み沙羅の声が響いたのは
「わ、私一緒に帰りたい人いるから。ごめんなさい皆」
と聞こえてくる。
そして
「亜紀と一緒に帰りたいの…ごめんね」
本当に心の底から詫びを入れる。
さすがに生き別れた兄妹と帰りたいと言えば、取り囲んでいた男子も文句は言わず(しかし諦めきれずに)に道を空ける。
開いた道をヒョコヒョコ歩いて亜紀の席まで来ると
「ということで、一緒に帰ってくれない?」
笑みを浮かべながら亜紀に言う。
「は?」
「だから一緒に帰って」
「何で?」
驚いたように亜紀は聞き返す
「だって私ここら辺久しぶりで覚えてないし、あってからまともな会話もしてないじゃない。だから一緒に帰ってよ」
「えぇ、でも…」
後ろに居る聡達を見ると
「いいじゃないか。生き別れた双子なんだろ?」
康司が一言。康司は亜紀たちと同じく特待生なのだが、亜紀は康司の言うことには逆らえない。なんとなく逆らいたくないからだ。それを聡が後押しする。
「うん!そうだよ、兄妹なんだからさ」
うぅ。と唸り
「分かったよ…一緒に帰るよ。その代わりクレープ奢れよな」
クレープという言葉だけ、妙に感情がこもっていたがそれには誰も気付いてくれない。
「うん。じゃあ帰ろう」
言った沙羅の顔はとても喜んでいた。
その笑顔を見て、亜紀は溜め息を一つ吐いて口元にほんの少し笑みを浮かべた。

帰りの道中柳修ヶ丘学園のある秋瀬市の商店街。身長差10cm弱の双子が道を歩く。沙羅は楽しそうにニコニコしながら歩いていて、反面亜紀のほうはムスッとしながら歩いている。
「ホント、ゴメンってばぁ。友達と帰るのをじゃましてさぁ」
「もういいよ。言ってたって仕様がないし、俺はクレープが食えればそれでいい。てかさ、お前一体全体何処住んでんの?」
亜紀は謝っている沙羅を横目にムスッとした顔で訊く
「えぇと、今はお母さんが借りてたアパートに住んでるの、家賃とかはお母さんの残した貯金で賄ってるけど…後はバイトで稼いだお金回してるの…特に生活支障はないわ」
でも何で?と逆に沙羅は訊き返してくる
「いや、母さんが死んだってことはさっき聞いたけど何処に住んでるかは知らなかったからな」
亜紀は歩いている足を速め、少し先に行き、そして振り返る。
もう二度と会えないと思っていた、たった一人の妹に振り返り
「アパートって言ったら借家だろ?だったら家に来るか?どうせ親父も3年前から失踪しているし、使ってない部屋なんて山ほどある。お前の部屋もまだ残ってるしな。つか、近くに親戚がいて、ロハで宿が有るならそこで暮らせばいい」
軽い口調で告げる。
「別にお前が、こんな馬鹿な兄貴とは暮らしたくないと言うなら、俺は止めたりはしない。全てはお前しだいだけどな」
肩をすくめて再び歩き始めようとした時
「私、帰ってもいいの?」
キョトンとしながら沙羅が口を開いた。
何だそんな事を訊くのかと亜紀が呆れながらも
「10年離れてたって一応は家族だろ?別に俺が拒む理由ねぇし。第一、俺が誘っといて何で断るんだよ」
亜紀はヤレヤレだぜという溜め息を漏らしながら沙羅の顔を見る。
「え?でも?」それでもまだオズオズトしている沙羅を見て
「さっきも言ったけど、お前が嫌なら、別に止める理由も無いから何にも言わないけどさ、でもお前が帰りたいって言うならば俺はすごく嬉しいぞ」
ここに来て初めて沙羅に笑顔を見せる。
優しく、沙羅と同じ顔で綺麗に笑う。
「やったー!私、帰れるんだ!!家に!!」
両手を挙げて喜びそして亜紀に抱きつく。
「おわっ」
と亜紀がビックリする間もなく
「ありがとう!本当にありがとう!!亜紀ぃ!!」
「おいっ!沙羅ッ!!俺は双子の妹に抱きつかれて嬉しいと思うような思考回路は持ち合わせてない!!だからさっさと離れろっ!!」
グイグイと沙羅の頭を押して剥ぎ取ろうとするがなかなか取れない。その亜紀の顔には少々微笑が含まれていた。

同刻。
亜紀と沙羅の居る場所から少々離れたパン屋の角に身を隠しながら二人の様子を伺う者が男女合わせて8人しゃがみながら居る。その距離30メートル
恭介と、千尋。康司に、遥。そして聡。以上男子5名と、沙羅と直ぐに打ち解けた女子三人。
野次馬の化身、チビッ子少女藤崎フジサキ 愛華アイカ、亜紀に片思い中の吉野ヨシノ 千春チハル、それと柳修ヶ丘学園の理事長の娘で、現在遥と交際中碓氷ウスイ 花梨カリン
「ねぇ。なんか聞こえる?」
千尋が皆に問う。もちろん亜紀と沙羅の会話だ。
ようは8人そろって一緒に帰っていった2人を尾行しているのだ。
「わかんない。でもなんか楽しそう…」
千尋の下に居る千春が細い声で言う。名前が似ているからたまに教師から間違えられることもある2人なのだが今は置いておくとする。
「それにしても、沙羅ちゃん可愛いなぁ」
2人が何を話しているのかと尋ねているのに
全く関係のないことを突然言い出す奴とはまさにコイツの事だ。
「恭介!口臭い!!」
恭介の下に居る聡が悲痛な声を上げる。
「なんですと!?」
「ホントですわ…あまり近寄りたくないほど臭いですわ」
花梨が天然色の金髪を揺らしながら右手で口を押さえる。
「花梨ちゃんまで!?」
一人で絶叫している恭介を諭す、否無理やり黙らせるように
「ちょっと!!静かにしなさいよバレたらどうするの!!」
一喝する野次馬の化身愛華。
「んにゃ。でも沙羅ちゃん可愛いけど…」
一番下に居る遥が言う。
「遥ッ!!?私と交際しているというのにそれはどういう意味ですの!?」
それを聞いた遥と交際している花梨が絶叫する。
「とにかく静にしよう。いくら離れているとはいえ亜紀は地獄耳だからな」
と無理やり尾行に連れてこさせられた康司が、愛華とは全く逆に静に皆を宥める。
康司の言葉によりとりあえず黙って見守ろうとしたときだった。
全員が『あっ!!』と叫んだのは
丁度その時沙羅が亜紀に抱きついたのだ。
「な、なんとぉ!!亜紀ちゃんはシスコンだったのですかー!!!うっ、羨ましい!!」
恭介が意味の分からない叫び声を上げる。
「ウルサイわよ恭介!!」
それをやはり愛華が黙らす。というより実力行使頭を思い切り上げることで、上に居る恭介の顎に頭をぶつける
「でも、10年ぶりに会うんだろ?あの2人。別に抱きついてもただのスキンシップじゃないの?」
千尋が的確なツッコミをする。
「そうだよ!!恭介!!そんなこと言ったら、亜紀ちゃんも沙羅ちゃんも可哀想でしょ!!」
比較的温厚な聡が、珍しく怒る。
「ガーン。サトにまで怒られたぁ」
恭介が愛華に打ち付けられた顎をさすりながら本気で肩を落とす。
「それと恭介。抱きついたのは沙羅ちゃんのほうだろ?だったら間違えるにしてもブラコンだろ?」
恭介の叫び声に驚いた康司がずり落ちそうになった眼鏡を押さえながら言う。
「サ、沙羅ちゃんは別だもん!!」
恭介が暴れながら喚く。
「でも、羨ましいよね……抱きつかれるの・・・」
遥が眠そうに告げる。それを聞いた花梨は
「まぁ!遥!!羨ましいのだったら私に仰ってくれればいいですのに!!」
少々の怒りと憤慨を見せる。
「いい加減黙りなさい!!ここでバレたらこっそりつけてる意味なんて無いでしょ!!」
愛華が堪忍袋の緒が切れたといわんばかりにぶち切れる。さっきから切れていたのでは?という突っ込みは無視させてもらうが。

ようやく自分の身体から沙羅を引き剥がした亜紀はゼーゼーと肩で息をする。それほど沙羅を引き剥がすのに体力を使ったということだ。沙羅は亜紀とは違い、未だ体力を残し息すら乱していない。
「亜紀、体力ないねぇ」
ニコニコしながら意地悪く沙羅が言う。
「悪かったな体力なくて」
言い捨てた途端亜紀が険しい顔で後ろを振り返る。しかし何事も無かったかのように前を向きなおす。
「どうしたの?」
沙羅が訊くと
「なんでもないよ。それよりクレープ食いに行こうぜ」
後ろを振り返った時の険しい顔等微塵も思わせない嬉々とした表情で言い、前方へと走り出す。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
置いていかれそうになった、沙羅は慌てて走り出した亜紀を追う。

亜紀が行きたかったクレープ屋は直ぐに見つかった。商店街の一角に真新しいアンティーク調の看板を掲げたさほど大きくない店だ。
亜紀はその店を見つけると、瞬間移動でも使ったか?こいつと思われても不思議ではないほどの速度でクレープ屋のメニューに食らいつく。
「おぉ!ここだ、ここ!!うわぁ種類いっぱいあるよぉ!うわ、どれにしようかな?何だよどれ選べばいいの?ね?沙羅何食う?俺はこの、3食アイスにチョコ、苺、バナナにブルーベリーのクレープ!!それにアイス二種類と板チョコ追加だからね!!」
メニューに目を通した刹那、欲望でギラギラと瞳を光らせ、嬉々とした表情ではしゃぎまくる。少し後に到着した沙羅は、顔を真っ赤にして亜紀をみる。
「ちょ、ちょっと。亜紀!恥ずかしいからもう少し落ち着いて!」
「あはははは。俺が落ち着いてないって?そんなこと無いって、正常じゃないほどに正常ですよ」
それは果たして正常というのか?
「とりあえず早く決めろよ。俺は早く食いてぇんだよぉ」
実はも何も亜紀はとんでもない甘党で香美先生とも仲がいいのだ。
「じゃあ私は・・・・・・このバナナと生クリームとチョコレートでいいや」
と店員に注文してお金を払う。 
しばらくするとクレープが完成したようで、店員のお兄さんが爽やかな笑顔で沙羅に受け渡す。それを亜紀に渡すと近くのベンチに腰を下ろす。下ろした瞬間に亜紀が嬉々とした表情でクレープに喰らいつく。
「んまーっ!!何だ、このクレープは?生地から具まで美味いと恐れ入った。そんなことどうでもいい!!うまい!!」
がつがつと音を立てドンドン減っていく。それを見ながら沙羅も急いで口に頬張る。
「亜紀みたいに食べれないけど…これホントに美味しい…!!何でこんなに美味しいの!?」
沙羅も驚いたようにパクパクとどんどん食べてしまう。
二人はそのクレープを直ぐに食べ終えてしまい、軽い満足感に浸っていた。
「あぁ美味かった!こりゃ香美先生に教えとかないとな」
「カミセンセイって…うちのクラスの担任の?」
沙羅は何故教える必要があるのかと疑問に思ったらしい。
「ああそうだよ。香美先生と俺は、『柳修ヶ丘学園甘党協会』の会長と副会長の仲だからな」
今だクレープの美味さを思い出しながら幸福の面持ちで答える。
「そうなんだ。あの先生も、甘党なんだ」
沙羅は、亜紀が昔から甘党で、甘い物に眼がなかったことを思い出しながら呟く。そんな沙羅の顔を見ながら亜紀は
「そういえば、さ。お前、聡と恭介のこと覚えてるか?」
「えっ?サトルとキョウスケ?」
「あぁ。幼稚園の頃一緒だっただろ?ほら、小さいのとデカイ奴」
「う〜ん…ちょっと待って思い出すから」
といって額を指でトントンと叩き始めた。その様子を亜紀もジッと見つめていた。

同刻
亜紀と沙羅がクレープを食べ始めた頃
尾行集団は
今度は古本屋の陰に隠れ様子を伺っている。その距離20メートル
「なんだかさっきより近づいていないか?」
康司が言う
「そんなこと気にしてられる?別に気づかれやしないって」
愛華が強気に言う。
「でも…亜紀、さっきこっち見たよ?」
弱々しく呟くように千春が言う。
『うっ・・・・・・』
皆が黙ってしまう。
「だ、大丈夫!あれだけで、尾行に気づくはずないわよ!!」
愛華が引きつった顔で千春の背中をバシバシ叩く。
「そ、そうですわ!!あの亜紀があの位で気づくはずありませんわ!!」
と花梨もフォローに入る。
「うん。分かったから、背中叩くのやめて」
「そんなことより・・・仲良いね。二人とも」
千尋が亜紀達の様子を眺めながら言う。
「うぅ。二人でクレープなんか食べるなんて…羨ましい!!」
巨体の恭介が野太い声を発する。
「そんなに食べたいの?だったら買ってくれば?」
いつもはこれほどに怒らない聡が素っ気無く言う。どうやら、余りの口の臭さに激怒中。
「な。っさ、サト?何をそんなに怒ってますの?」
恭介がオズオズと聡の顔を見下ろす。
それを、聡はフンとそっぽを向いて受け流すだけだった。
「そ、そんな怒らないでくれよぉ!!」
恭介が半泣きで懇願しても無視し続けた。
「恭介!!アンタさっき五月蝿いって言ったばかりでしょ!!何で静にできないのよ!」
「そんな、愛華まで…」
その中、少し離れて、遥と花梨はラブコメモード展開中
「ねぇ、遥?私達も今度あのクレープ屋さんに行きません?」
「…クレープ?……うん、行く」
「そうですか!ではいつ行きましょうか?そうですわ!今度の土曜日の放課後なんてどうです?」
「いつでもいいよ?ボク、暇だし…」
「では、今度の土曜日に一緒に参りましょう!」
とベタベタとデートの約束をしている(一方的に花梨が約束しているが)。
それを横目で見ていた恭介が小声で皆に訊く
「(なぁ、花梨ちゃんは遥のどこがいいの?)」
「(さぁ?あの天然具合がいいんじゃない?)」
恭介の問いに愛華は首を捻りながら返す。
「(私も知らない……花梨ちゃんに訊いたことあるけど、顔を真っ赤にして答えてくれなかったから)」
と相変わらず弱々しく千春
「(まぁ、恭介と遥を並べたら遥をとるのは普通でしょ?)」
千尋がクスクス笑いながら言う。
「(ちょ、千尋!?それどういう意味だ!)」
「(その言葉の持つ意味の通りでしょ!!)」
半ば怒鳴り気味の聡。
「(だから、サトぉ、そんなに怒らないでくれよ!)」
「(恭介なんて知らないもん!!)」
「(まぁ、二人とも落ち着いて)」
康司が仲裁に入るが
「(そうよ、少しくらい黙りなさい!それだからあんたはモテないのよ!とんでもないオタクだし、もう最悪よ!!!」
段々と声を荒々しくさせ、ついには怒鳴りはじめて、康司の仲裁が意味を成さなくなった。
「そうだよ!!もう、恭介なんて一生モテっこないよ!!」
「ふ、二人してそんなに言うの!?なんで?俺、何か悪いことしました!?」
ということで三人の怒鳴り声と、二人のラブコメと、三人の呆れ顔がそこにあった。

「ごめんね。やっぱり思い出せないや」
しばらくして沙羅が首を横に振りながら告げる。
「そっか、残念。まぁ、そのうち思い出すかもしれないからな」
スっと立ち上がり残念そうに溜め息をつき
「じゃ、そろそろ帰りますか」
沙羅と目を合わし、小さく笑って言う。
それに沙羅は短く「うん」と返事をし、同じように立ち上がる。

もしかしたら、このとき沙羅は気づいていたのかもしれない
だって、誰も思わないだろ?
この瞬間に
自分の生きていた世界が、脆くも簡単に壊れるなんて……

チャリン

乾いたコンクリートにコインが落ちたような音が亜紀の耳に響く。
別にそんなことは全世界どこででも起きる。
だから、気にしてなんていなかった。
しかし
音が消えると同時に
世界が止まった。

亜紀の育った街は一瞬にして光に包まれた…


=次へ〜GO!
=目次へ