海が見渡せる小高い丘の上の学校、私立柳修ヶ丘学園高等部1年C組の教室の一角。窓際の一番前の席。そこに鈴島 亜紀の場所はあった。亜紀なんて名前をしているが男である。親は片親で父親が一人だけいた。しかし3年前に亜紀を置いて失踪。母親は10年前に双子の妹を連れ自分たちの目の前から掻き消えた。それ以来音信不通。会いたいと思ったことは、昔は思ったのだろうが今はもうどうでも良くなりつつあった。 教室内はガヤガヤ、ザワザワと賑やかだ。亜紀に言わせれば五月蝿いの一言で一刀両断だが。 そんな中、机に突っ伏して寝ている亜紀の近くに一人の学ランを着た少年が来た。小さい頃からの親友、柊 聡だ。その聡が机をバンバン叩きながら言う。 「亜紀ちゃん、亜紀ちゃん!知ってる?きょう転校生来るんだって!」 ふわりとした短い髪に幼い顔立ちに低身長。いわゆる童顔って奴だ。 それに対して男にしては少々長めの髪の毛、中性的な顔立ち平均的な身長の亜紀は机に顔を押し付けたまま言う。 「サト。この俺が、今この状態で知っていると思うてか?答えは否。それといい加減亜紀ちゃんと言うのはよしなさい。で、そいつ男?女?どっちよ?」 「亜紀ちゃんは亜紀ちゃんだから別にいいの。で、転校生は女の子だよ」 別に気にすることもなく亜紀ちゃんと呼ぶ。それに対して亜紀はいつもの事だと、気にしていない。 亜紀は重い頭をようやく上げ。 「ふぅん。女かぁ。ま、別にどっちでもいいけどさぁ」 等とつまらなそうに言っていると背後から野太い声が降り注ぐ。 「何を、呑気な事言ってんですか亜紀ちゃぁん!学生生活で転校生って言ったら一大イベントじゃないですかぁ!!」 後ろを振り向くと身長180センチ強、茶髪の大男が立っていた。男の名前は春川 恭介、こいつもまた亜紀の親友、否、悪友だ。 「あっ、恭介。オハヨー」 ニコニコしながら聡は大男に手を上げる。 「おはよ、サト。で、亜紀ちゃん!!」 聡に朗らかに返事をすると再び矛先を亜紀に向ける。 「な、なんだよ?」 その形相に圧倒されながらも答える。すると 「なんだよ。じゃネーー!!いいですか!転校生ですよ!テ・ン・コ・ウ・セ・イ、テンコウセー!!しかも女の子!!つまり自然な流れでフラグが発生し学園ラブコメディーの始まりですよ!!転校生に一目惚れ。色々アプローチを掛けてみるが会えなく失敗。んなこんなで恋のライバル出現!!ライバルと戦いつつも何だかんだで勝利する!そして卒業の日!運命の木下で告白!!そしたら片思いだと思っていた恋が実は両思い。そして二人は結ばれたエンドのベッタベッタの落ちが待っているラブコメの始まりですよ亜紀ちゃぁん!!」 と、ジェスチャーを入れた大演説をし始めた。 見かねた亜紀は 「んな、アホなことがあるかい!!何だよその妄想!!そのベタ落ちは少女マンガの専売特許だろ!!それにそんな簡単にいくと思うてか!第一うちの学校に運命の木はありません!!それに卒業の日ったって俺達はまだ高校一年生の2学期だっての!!何年ライバルと戦う気だよ、この二次元至上主義野郎!!」 と言い争う。 そこに聡が仲介に入る 「まぁまぁ落ち着いてよ二人とも。どっちにしたって恭介がもてるはずが無いんだからさぁ」 とさらりと酷いことを言う。 そうしてやっと二人は落ち着く。 そのとき恭介が、「サト。僕がもてるはずないって、どいうこと?」とか言っていたが誰も突っ込まない。 「で、その転校生は可愛いの?」 と亜紀が聞くと真っ先に恭介が口を開く。 「おっ。やっと興味持ったか?うんいい事だなぁ。で、転校生だけど…それが結構可愛いらしいんだよ」 「らしい?お前にしては曖昧な表現だな。まだ顔見てないの?」 恭介にしては珍しいと驚く。 「いや、職員室行って見ようとしたらさ、生徒指導の竹林に捕まっちゃって」苦笑しながら恭介は言う。亜紀は「あ、やっぱり見に行ってたんだ」と呟く。 「ボク転校生見たよー」 と手を上げながら聡が言う。 「うぉ。サトが見てたの?ということは、サトもラブコメしたいんだな!?」 「何故そうなる。でもサトが見てるなんて意外だなぁ。なんか職員室に用でもあったの?」 と適当に恭介をあしらいながら訊く。 「うん。香美先生にわかんないとこ質問しに行ってた時にちょっとね」 香美先生というのは亜紀達の担任教師である。 「どう。どんな感じの子なのよ」 と身を乗り出して恭介が訊く。 「んーとね。髪が物凄く長くてぇ、いい匂いがした」 「そんだけ?」 「うん。そんだけ」 ガックシと肩を落とす恭介。 「なんだー、もうちょっと情報無いの?顔とかは?」 「見てないよ。見たの背中だけだし」 「身長は?」 亜紀が尋ねると 「155,6cmかな」 「俺より少し小さいくらいだな」 「うおぉおおおお!!何で、何で!!サトが見てて僕が見てないんですか!!誰かの陰謀ですか!!N○Kの陰謀ですか!!」 と突然恭介が魂の叫びを上げる。 「もう我慢ならん!!ちょっと見てくる」 くるりと回れ右しながら歩き始める 「お、おい待てよ恭介朝のHRまであと五分しかないんだぞ、ちょっと待てばいいだけだろ?それに職員室まで走っても五分は掛かるんだぞ?今からじゃまにあわねぇえって」 「知るかぁーそんなこと。亜紀ちゃん忘れんたん!?我が辞書に不可能は…」 「あるだろ?」 「あるけど、なーい!!」 「どっちだよ!!」 「そうだよぉ恭介。今からじゃホントに先生に捕まっちゃうよ?それでもいいの?」 う。と一瞬恭介が黙る。そして聡のもう一押し 「いいの?」今度はさっきより強く言うと 「サ、サトが言うならしょうがないか」 とあきらめる 「何だよ、この差は」 亜紀が呆れた声で言って、言葉をつなげる 「とにかく席に着いてねぇと、香美先生に怒られるぞ」 「そだね、だったら席に着かない!」 「何でだよ!?」 とまぁこんな感じで三人の朝は過ぎていくのであった 午前8時20分朝のHR開始の時刻。教室のドアがガラガラと音を立てて亜紀達の担任教師、緋塚 香美が入ってくる。担当は英語。身長147cm聡と同じ身長。髪の毛はショートカットにしている。見た目は二十台前半なのだが実は超ベテラン教師。そのギャップが受けてか男子生徒にも女子生徒にも好かれている教師である。物凄く甘党でいつも片手にポッキーを持って授業をしている。 「オハヨー今日もみんなの香美センセイがやってきた。ということで今日も下んない授業に耐えてくれたまえ少年少女諸君」 のんきにポッキーを食べながら教卓の前に立つ。 オハヨー香美センセーと礼儀もあったモンじゃない挨拶をする。 「えー、今日は特に変わることもなくただメンドクサイ授業が流れるだけだよー。はい朝の連絡事項終了。それと春川恭介は早急に数学の課題を出すようにと」 「えー、どうせ皆知っていることだが、今日はビックイベント転校生が来たんだよ。ちなみに女の子なんだぞー」 クラス中が知っていたことだがやはりと言うかいろめき立つ。亜紀の右斜め後ろに座る恭介が、炎が出んばかりに叫んでいる。ついでにその後ろにいる聡が宥めつけているのが眼に入った。 亜紀はそれを見ると、一人眠たそうに腕に顔を埋めるのであった。 「とりあえず入ってきてねー転校生ちゃん」 ガラガラと扉を開けて例の転校生が入ってきた。 うぉおおおおおおおおおおお!!!!と男子の歓声が上がる。その時の恭介は叫び声を上げるでもなくただ頭を後ろに倒した。どうやらド真ん中ストライクで失神しかけたらしい。ピクピクと奇妙に痙攣している。 亜紀が顔を上げると転校生の少女は黒板に名前を書いているところだった。 「(確かにサトの言う通りだ)」 身長は156cmほど、髪は腰まであるストレートヘアー。 「(でもなんか引っかかるなぁ)」 亜紀の居るところからでは髪がじゃまして顔がよく見えないため顔を見ようとしてもなかなか見えない。 彼女は名前を書き終え再び前を向く 「浅沼 沙羅です。宜しく御願いします」 白い肌に黒曜石のような瞳の可愛らしい少女だった。 (アサヌマ……サラ?) 亜紀はその名前に違和感を覚える。 「変な時期だけど、ついこの間親御さんがお亡くなりになり… 亜紀の頭にはもう香美先生の声は届いていない。 (アサヌマ サラ?) 亜紀は自分の過去を思い出す。家族のことを ふと沙羅がこちらを向き眼が合う。その瞬間思い出した。 その状態で固まること5秒、クラス中の視線が亜紀と沙羅に向けられる。 「お、おまえ、沙羅、なのか?」 「へ?えっ?もしかして亜紀?」 二人の声が重なる 「「えっ?えぇえええええええええええええええええええ!!!!!」」 おやと説明をしていた香美先生がようやく事態に気がついた。 「ふむ。亜紀と沙羅は知り合いなの?」 「えぇ。まぁ…」と亜紀 「知り合いと言うか…」と沙羅が 「「生き別れた双子です」」と同時に まさに出会いとは突然訪れるものだ ○=目次へ |