第ニ話 外



ノゾミが姿を現した時から、洞窟の中はとても明るくなっていた。何故かと言われれば、二人の頭上に穴が開いていたためであると、単純明快な答えしか待っていない。
「此処って、結構明るかったんだな」
ゼロは頭上の光を見ながら言う。
それに答えるようにノゾミも
「あぁ、明るい」
と、目を細めて言った。
その顔を横目で見ていたゼロは、彼女の顔に魅了されていた。
透き通るような白い肌、つややかな黒髪、そして自分と同じ黄金つきの瞳…
ピクリとこめかみの辺りが痛くなるのに気付いた。
(…何だ?この感覚…何で、さっき会ったばかりのノゾミに懐かしさを覚えるんだ?)
しかし、その痛みも感覚もノゾミがゼロのほうを向いたことで、何かの間違いだろうと消え去った。それよりも、今のゼロには可愛らしく首を傾げ「どうした?」と言っている彼女のほうが重要だった。
どうしたかと言う、彼女の問いに、ゼロは少し赤くなりながら
「いや、別に…何でも無いよ」
「そうか?では、何故私の顔を見ていたのだ?」
(う…目敏い…)
「む。だから…そ、そう!その口調がどうにか成らないかなぁって、アハハ」
ゼロも我ながら誤魔化せない言い訳だと思いながら、頭を掻く。
しかし、ノゾミはそれを思いっきり真に受けて
「そ、そうか?この口調、変か?」
等とオロオロとしながら答えた。
ゼロは、本当にこんなのが神なのかと疑いたくなったが、それは別に置いておこうと決めて、彼女に対して、自分でもよく分からないような返答をした。
「えぇと、変だと言えば変で…何と言うか、もう少し女の子らしい喋り方が出来ないかなぁって」
彼女は顎を指に乗せて、ふむと唸って考えるが、暫くすると
「貴方が言う、女の子らしい喋り方…と言う物が理解できない。ごめんなさい」
頭を律儀にも下げてゼロに謝ってきた。
予想外の行動に逆に慌てて
「い、いや、謝らなくていいよ。別に今すぐ直せと言っているわけでもないし、それに直したくなければ直さなければいい」
手を振りながら言う。ゼロの女の子への免疫はほとんど無いのだ。
ノゾミは、そうか?と言って微笑む。
「そ、それより、此処から出ようぜ?いつまでも此処に居るわけにはいかないし」
ゼロの言葉に、ノゾミはコクリと頷く。
「とりあえず、俺が来た道を戻るとしますか…って、あれ?道が、無い?」
ゼロが後ろを振り向くと、そこには来た道は無かった。あるのは冷たい岩盤。
「おいおい何の冗談だ?道が無いって…どういう事?」
「どうしたのだ?」
ノゾミが横からひょっこりと顔を出した。
「あぁ、通ってきた道が無くなっているんだ」
それを聞いたノゾミは、あぁという顔になって
「この洞窟は私の魔力で形成しているからな。私がこの洞窟を出て行こうというのを察知し、逃がさないよう壁を張ったのだろう」
静かに言うその姿は、外見からは想像できないくらいの威厳がある。ゼロは頭上を見上げ
「ってことは…出口はあそこだけか」
光の先を見つめる。
煙を吐き、銜えていた煙草を吐き捨てて、コートを翻し壁へと飛びつく、が
「ゼロ!」
「へ?」
ノゾミの叫び声で飛び損ね、壁へと激突した。
「ヘブッ」
鼻をまともに岩盤にぶつけ、少し血が滲む
「だ、大丈夫か!?」
壁へと見事な直撃を果たし、鼻を押さえているゼロにノゾミが駆け寄る。
「あぁ、だ、大丈夫・・・で、な、何だ?」
「このくらいの距離なら、魔法で飛んでいけると言おうとしたのだが…」
「魔法って…便利だなぁおい」
「あぁ、便利だ」
嫌味で言ったつもりが、普通にスルーされてしまい、何か敗北感を味わったゼロだった。
「では、行くぞ…」
ノゾミが洞窟の中心まで行くと、右手を上げ、意識を集中させる。
艶やかな長い黒髪が扇のように広がり、辺りが青く光り始める。
ノゾミを中心に淡い青色の円が描かれその中に、文字や絵が刻まれていく。いわゆる魔法陣だ。
「――浮上――速度を一定――離陸――」
ゼロは舞うように描かれていく魔法陣を見ながら、驚愕する。いくら神だからと言って、ここまでとは思いもよらなかったのだ…
通常、魔法とは、魔法陣を描き、杖か何かの媒介を通し魔力を倍増させる。そして呪文を唱えることで、魔法の発生するスピードを上げなくては成らないのだが、ノゾミは魔法の要である魔法陣を魔力だけで描き、詠唱もヘッタクリもない端的な言葉だけで魔法を発現させてしまったのだ。
「マジかよ…」
言った瞬間、体重が軽くなったような錯覚に陥る。よく見ると、身体が浮いている。浮上の魔法だと気付くのに五秒間かけて考え、そしてこの魔法を創りあげた当の本人を見る。 穏やかに光の先を眺めながら微かに笑う少女…
ゆっくりと上を向いていた首を元の位置に戻すと、自分を見ていたゼロに気付き
「何だ?」
再び問う
「いや、大して意味は無いけど…ただな、今のどうやったの?」
「?」
ゼロの問いに、ノゾミは首を傾げる。
ゼロは通常の魔法の扱い方をなるべく分かりやすく説明すると、ノゾミは顎に手を添えながら、なにやら真剣に考えていた。
「…何故だ?何故、そんな無駄な式を立てる必要性があるのだ?……術の発動等、“創生の理論”から組み立ててしまえば幾らでも発動するというのに…その方が、ミスも少なく魔力も効率よく使えるのに……もしや、そっちの方が、効率が良く、私が間違っているのか?……ふむぅ」
魔法に関してはからっきしで基本しか分からないゼロにとっては、ノゾミの言っていることは外国語もいいところであった。
だから、こう言う。
「別に、何でもいいんじゃねぇのか?」
ゼロがそう言うと、ノゾミは首をかしげ
「何でも良いのか?」
そういうと、二人で笑った。

笑いながら、二人で談笑をしている時、ふとノゾミが気付いた。
「ねぇ、ゼロ?あの穴、何だか小さくなっていないか?」
「ん?」
ノゾミに言われ頭上に大きく開いている穴を見ると、確かに少しずつだが、岩盤が変形して、穴が塞がっていくように見える。
「本当だ…なぁ、ノゾミ。もしあの穴が塞がったら、俺たちはどうなるんだ?」
「多分、此処に閉じ込められる……」
二人の顔から、血の気が失せる。
大ピンチであった。
せっかく二人で外を旅しようというのに、これでは元も子もなかった。
「……ヤバイな」
ゼロは焦りながら、頭上を見上げる。
おそらく、これもノゾミをここから出したくないという、洞窟の抵抗なのであろう。
「――大丈夫よ」
「へ?」
ノゾミは眼を細め、口元で言葉を紡ぐ。
「――安定性を放棄――速度を重視し、舞い上がれ――」
呪文。というよりやはり端的な、そう、命令でもするかのような口調であった。
ノゾミが言葉を紡いだ瞬間、ゼロは奇妙な浮遊感と共に、猛スピードで空へと舞い上がった。
「――――!?」
言葉を発す暇も与えられず、身体は着実に出口へと向っていった。
しかし、その速さを悟ったのか、洞窟が穴を塞ぐスピードもあわせて速くなった。
ゼロの読みでは、おそらく辿り着く頃には穴は開いていても人が通れるかどうかも分からないような小さな穴に成っていると思った。
ノゾミもそれを感じたようで、苦々しい顔を浮かべていた。
その、苦々しい顔の中に、ゼロは少しの悲愴を見つけた。
まるで、一時の希望が永遠の絶望に閉ざされたかのような、そんな痛々しい表情を、この小さな少女から読み取ったのだ。
ゼロは、奥歯を砕けそうになるほど、噛み締めて、腰に差した片刃の銀の剣に手を掛けた。
彼女のそんな表情は、見たくなかったのだ。
リン、と柄の先に着いた鈴が音を立てた。刃が抜かれたことを意味するのだ。
その音に、気付いたノゾミは
「止めて!この洞窟の岩盤は私の魔力を吸って出来た壁だ!その剣にどれだけの力が在るかは知らない、でもあの岩盤を切り裂くのなら、それこそ神器クラスの剣じゃないと……ッ!」
目の前に岩盤が近寄る。ノゾミは速度を落とそうとするが、ゼロはそれを手で制し、腰から白銀の刃を抜き放つ。
刹那
浮上の魔法により、自分達の周りにだけ現れる“風”を巻き込み、流れるような動きでゼロは出口に刃を突き刺した。
リン
鈴の音が響くと同時、風と共に放たれた刃は、鋭い光を放ちながら岩盤を叩き切った。
ドカン
と、爆発するような音共に、二人は外へと飛び出た。
茶色い粉塵が辺りに充満し、ゲホゲホと二人分の咳き込む声が聞こえる。
「ま、ゲホッ一応。脱出成功ゲホッ!だなゲホッ!」
「コホッ、コホッ!!な……ッ!」
粉塵が晴れ、其処は確かに暗く湿った洞窟の中ではなく、心地よい風が吹き抜ける、広大な草原であった。
「………ッ!」
粉塵は晴れたが、着ていたワンピースに砂埃がついて汚れていた。
しかし、そんな事などどうでも良くなるような、景色にノゾミは見惚れ、息を呑んだ。
ゼロに何かを言おうとしたが、それも忘れるような、そんな広大な景色。
ノゾミは興奮で崩れそうに成る身体を必死に、震える足で支える。
今まで、真っ暗な闇に閉じこもっていたため、これ程の景色は、否、景色というもの自体始めて見たのだった。
そんな、震える肩にポンと手を乗せる者が居た。
他ならぬ、ゼロだ。
その拍子に、ノゾミは足から崩れ落ち、大の字になって草原の中に身を沈めた。
ゼロも一緒になって草原に寝転がり、ノゾミと顔を見合わせ二人で大声を上げて笑った。

しばらくそうして笑って時間を過ごすと、二人はそろって起き上がる。
「ハハハッ、すごいな。景色というものは……」
ノゾミは言う
「あぁ、だが、この美しい景色だけが全てじゃない。この世界には戦争もある。醜い、醜い戦争だ」
「しかし、その分素晴らしい景色が在る。そうでしょ?」
ゼロは静かに頷いた。その通りだと、自分でも思うからだ。完全な純白等無い。汚れがあるから色は映える。不幸があるから幸せがある。
それと同じ。確かに戦争など醜いだけだ。しかしその醜さがあるからこそ、こんな景色が映えるのだ。
実際戦争と言っても、それほど大きい戦争ではない。紛争がたまにある程度、大昔よりは幾分落ち着いている。
ふわりと、風に靡いたノゾミの美しい髪が近くにいたゼロに優しく当たる。
「す、すまん」
ノゾミは、髪がぶつかったのを見て、慌てて距離を置く。
そんな他愛も無い仕草だが、ゼロはそれを愛おしく思う。
中身が幾ら神と呼ばれるほどのものでも、外見はどう見てもゼロより年下だ。そんな少女を愛おしく思っても、当たり前としか言いようが無い。
「とりあえず、この丘の下に村がある。そこに行こう。旅の支度も整えなければ成らないからな」
ゼロはノゾミに言う。
ノゾミはその言葉に頷き、ゼロに一つ問う。
「その村は、何という名だ?」
「名前?」
ゼロは聞き直す。何故名前など訊くのだろうと思ったからだ
「私が訪れる最初の村だ。名前を覚えて置きたくてな」 ゼロはなるほどと思い
「そうか。あの村の名は…“リオ”だ」
「リオ…か。名前の由来は分かるか?」
ノゾミは小さく頷きながら、もう一つ問う。
「昔、その村から出た聖人の名から取ったらしい。今では英雄の一人として数えられているらしいが…」
詳しいことは、ゼロもよく知らない。ここに来る前に、居た街で聞いた話のため詳しいことはよく知らなかったのだ。
「村に行けばもっと詳しい由来が分かる。とりあえず、この丘を降りよう」
ゼロが提案すると、ノゾミは笑顔で
「うん」
と答えるのであった。
そんな、年相応の少女の顔をされると、ゼロは堪らなく愛おしく思うのであった。

やがて丘を降り終わると、村の入り口までやって来た。
農業が盛んな小さな村ではあったが、やはり街ほどの人数は居ない。せいぜい100人ちょっとであろう。
しかし、ノゾミは違った。
そんな村を見ても、人が多いと驚いていた。
ゼロはそんなノゾミに対して驚いたが、ノゾミは余りに長く、気が付いたらあの洞窟に一人で居たのだ。それもゼロが想像もつかないほど長い間。人を見る機会だって、ゼロのように、望みを叶えに来た僅かな人だけだ。
そんなこともあり、ノゾミはちっぽけな村一分の人を見ただけで、たじろぐ羽目になっていた。
そんな、人見知りをするノゾミの手を引いて酒場の上にある宿屋にやって来た。
ノゾミはその酒場の前を通るだけで、やはり人の多さに逃げ腰になっていた。
宿屋のカウンターに座る若い女店主に、ゼロは話しかけた。
「すみません。今朝、部屋を取った者ですが…」
「あぁ、アンタかい?どうしたんだい?」
若い女店主は、手元の煙管を置きながら尋ねる。
「一人部屋と頼んでおいたのだが、旅の連れが出来た。すまないが、二人用の部屋に変えては貰えないだろうか?」
ん?という顔で、ゼロの顔を覗き込む店主であったが、そのゼロの陰に隠れるように居た、ノゾミを見つけると、ふふん。といった顔になり
「ふぅん。ま、詳しいことは聞かないさ。それが仕事ってものさ。んじゃあ、荷物は自分で運んでおくれよ?あたしゃ、力仕事は苦手なんだ」
ニヤニヤと笑いながら、後ろに掛けてあった鍵を一つ取り、
「ホラよ。荷物を運んだら、鍵持ってきておくれ」
その鍵をゼロに放り投げた。
ゼロはそれを、受け取り。礼を言ってその場を後にした。
その際、女店主はずっとニヤニヤしていたので、気には成ったが、ゼロはノゾミを連れて何も言わずに荷物を運びに向った。
荷物を新たに借りた部屋に運び込み、鍵をカウンターに届けると、二人は村を散策することにした。
ここは観光の名所としても有名なため、村にしては案外活気付いており、賑やかでもある。
流石に露天商等はないが、食料くらいは売っている。
ゼロは並べられた果物や野菜、干し肉を見ながら、ノゾミに訊く。
「ノゾミ、何か食べたいものはあるか?」
そう訊くとノゾミは少し驚いた表情を見せた後、
「有ったら、買ってくれるのか?」
と、逆に訊いてきた。
ゼロは、少し苦笑しながら、頷く。
そうすると、ノゾミは瞳を輝かせ、一つの果物を手に取った。
葡萄ぶどうであった。
「葡萄か?」
ゼロが尋ねると、ノゾミは頬を赤らめながら頷く。
「昔、私に葡萄を貢いだものが居た。その時食べた葡萄が未だに忘れられなくて……」
ノゾミは葡萄を一房持ったまま、空を見上げて遠い眼をする。昔の記憶を思い出しているようだ。
ゼロは、そんなノゾミを見て溜め息をつきながら
「済みません。この葡萄を一つと、干し肉と林檎を」
そう頼んだのであった。
売っていたおじさんは、笑いながら、
「その葡萄のお代は良いよ。お嬢ちゃん。もう一つ葡萄持っていきな」
おじさんは、笑顔でそういう。
ノゾミは、少し困った顔をするが
「いいよ、可愛い子にはサービスさ。兄ちゃんもこの娘を大切にしろよ?将来、別嬪になる」
ゼロも困った顔をするが、おじさんが強引に葡萄を押し付けるので、断れず、結局葡萄を二房も貰ってしまった。
葡萄は、決して安いものではない。それなりに高い。そんな物を二房も貰って、流石にゼロもバツが悪いが、おじさんが気にするなと言うので、そこはお言葉に甘え、葡萄を二房と、干し肉を一週間分、林檎を三つ買って宿に引き返した。

宿に戻り、荷物をベッドの上に置くと、ようやっとノゾミは緊張を解いた。
「ふぅ、疲れた」
ゴロンとベッドに横たわり、そう呟く。
「そんなに疲れたか?」
ゼロもベッドに座りながら言う。
ノゾミはぷぅっ、とほっぺを膨らませ、それこそ少女のように言うのだ。
「あんなに多くの人を見たのは初めてだ」
その言葉に、ゼロは苦笑いを浮かべるしかなかった。
こんな調子で、もっと大きな都市に向ったら、どんな事になってしまう事か……
考えただけで、心配になってしまう。
そこでゼロは自分がノゾミに甘いことを確証する。
出会ってから3時間も経っていないというのに、彼女に此処まで心を許せてしまう自分が可笑しくてしょうがなかった。
ゼロが笑っているのにノゾミは気付いたが、何故笑っているのか分からず、長い髪を垂らしたまま、キョトンとした顔でゼロの顔を見ていた。
ゼロはそんなノゾミに気付かず、壁に掛かっていた時計を見る。
現在、午後4時を回った所であった。夕食にはまだ早いし、村の外に出るのは危険だ。日が落ちると、猛獣や盗賊等が現れるからだ。
猛獣も盗賊も、ゼロにとっては何の障害も無いが、如何せんノゾミが居る。彼女の能力ならば、それこそ猛獣など赤子の手を捻るような物だが、流石のゼロも若い娘(中身はどうだか知らないが)を日没近くに外に出すのは良くないと思ったのだ。
しかし何をするでもなく、話のネタも無い今、部屋は静まり返っていた。
そんなところに、ノゾミがふと思い出したようにゼロに尋ねる。
「ねぇ、ゼロ?さっき岩盤を壊した時、一体どうやったのだ?」
そんなことを訊くノゾミだが、ゼロは良く意味が取れず、10秒じっくり悩んだ末、腰に携えていた剣を手に取る。
「どうやった…て、言われてもなぁ、特に大した事じゃないし…この剣が原因じゃないか?」
ノゾミにその剣を渡すと、ノゾミは神妙な顔を浮かべ、剣を抜き放つ。
リン
鈴の鳴る音が響くと同時、刃が白銀に光り始めた。
空気が振動し、鈴の音が絶えず鳴り響く。
そんな様子を見ても、ノゾミは眉一つ動かさず、平然と見ている。刃を叩いたり、軽く振ってみたりしている。
ゼロも冷静にその様子を見ながら、ノゾミに尋ねる。
「何か分かったか?」
ゼロが訊くと同時、絶え間なく鳴り続けていた鈴の音が突然消える。
最期に小さく、リン、と鳴ると押し黙るように沈黙した。
その出来事に、ノゾミは眉をひそめながら剣を鞘に戻す。
そして、小さく首を振りながら、
「分からない。多分、上等な神器か何かだとは思うのだが、私にもよく分からない。だが……」
そこで、一旦区切り
「……相当な魔力は感じる。それは間違いない」
静かに言って、手元の剣をゼロに返す。
ゼロは刀を受け取り、近くの壁に立て掛けると
「そうか…」
呟くように言った。
「しかしこれ程の剣を、何故貴方が持っているのだ?」
ノゾミは可愛らしく首を傾げ、コチラを向きながら腕を組む。
また、その仕草が愛らしく、ゼロは思わず口元に笑みを浮かべてしまう。
そして、それを誤魔化すかのように
「こ、これはなぁ、俺も気付いたら腰にぶら下がってたんだ。だから、元が誰の物かも、俺が何で持っているのかも知らない。ただ、これには物凄い能力ちからが秘められていたことしか分かってない。実際、使い方も正しいのかよく分からないしな」
「しかし、あの洞窟の岩盤を砕いた時、その剣は風の魔法を使っているように見えたのだが…」
「風の魔法?」
ゼロはその言葉に首を傾げる。
剣に魔力が宿っているならそれでも良いが、その魔力を使うのはその使い手自身だ。
しかし、ゼロには魔法の才能と呼ばれるものが皆無に等しい。
ゼロに魔力が有ろうが無かろうが、それに関する鍛錬をしていないゼロにとっては、魔法を使うというのは夢のまた夢の話であった。
「その剣は、」
ノゾミはゼロの後ろに掛けてある刀を指差し
「あの岩盤を突き破る時、刃に風を巻き込んだのが見えたの。しかも、恐ろしく高濃度の魔力とともに……」
「でも、俺には魔法は使えない」
「それでも、やったことは事実」
ノゾミは眼を細め、有無を言わせないような迫力でゼロを見つめる。
そんなノゾミの迫力に驚きながらも、ゼロは問う。
「じゃあ、俺が魔法を使ったって言うのか?」
「分からない。貴方からは魔力を感じることは出来ないけど…可能性は否定できない。その剣の真の力も、私には見えない」
ゼロも後ろを向き、壁に掛かっている白銀の剣を見る。
この世の全てをも司れるような神ですら分からない謎の剣
これが危険な物なのか、危険ではないのかも、断定し難い物であることが、ゼロは此処で初めて思い知ることになった。
この剣は一体何なのか?
しかし、ノゾミは肩の力を抜き
「しかし、大丈夫だろう。今まで貴方が持っていて何か、危険な事には成らなかったのでしょ?ならば、心配することは無い筈だ」
そのままベッドに身を沈める。チラリと、剣を見てそして天井を向いたまま小さく寝息を立てた。
ゼロは望みが寝てしまったことに気が付き、毛布を掛けてやる。
「……疲れたのか?全く、本当にこれが“神”なのかねぇ?」
口元に笑みを浮かべながら、自分のベッドに座る。
すぅ、すぅと寝息を立てる少女に、警戒というものはなかった。
(これはこれで、男としてなんと言うか……)
ゼロは苦笑を絶やさず窓まで向かい、コートのポケットから煙草を引き抜き、一服する。
洞窟を出てから、タバコを吸っておらず、いい加減吸いたくなったのだ。
「全く…俺がタバコを吸わないなんてねぇ……」
チラリと、ベッドの中で丸くなっているこれからの旅の連れを見る。
そして盛大に煙を吐きながら、いつの間にか日は沈み、自分の眼と同じ黄金の月に向って一言呟く。
「…俺も、変わったのかねぇ?」
笑いながら言ったその言葉は、煙草の白煙と共に空へと消えた。


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