第七話 憎しみと電話



清司から届いた鍋焼きうどんを食べ尽くし、食器洗いも済ませ、沙羅の寝床をどうするかという話をし始めたその日の夜。
沙羅の携帯が鳴り響いた。
「あ……協会からだ」
沙羅が携帯の画面を見て呟く。
携帯を開き、通話ボタンを押し、昼間、沙羅が家を飛び出す前に言っていた何かのコードを告げ、二三会話をすると、その携帯を、亜紀の方に突き出した。
「何だよ」
亜紀がきょとんとした顔で言うと、沙羅も小首を傾げながら
「代われだって」
という。
怪訝な顔をしながら亜紀は携帯を受け取り耳に当てる。
「…もしもし?」
『やぁ、鈴島亜紀くん、だね?』
落ち着いた感じの青年の声が聞こえた。
亜紀はそこでようやく気付いた、が取り乱すことはない。
「誰だか知らないが…俺から得られる情報なんて無いと思うぞ?」
亜紀は鼻で笑うように言う。
今日という日、協会という特殊な魔術組織が、『鈴島亜紀』に電話を掛ける理由なんて直ぐに思い当たっても良かったな、と、亜紀は心中溜め息をつく。
自分に用があるのではない。ソウルイーターに用があるのだ。
『話が早くて助かるね。しかし、こちらとしても、退くわけには行かないんだ』
「そうかい。まぁ良いだろう。俺としても、そちらに訊きたい事がある。日と場所を改めて、話し合うことは出来ないか?」
『構わない。沙羅ちゃんに代わってもらえるかな?』
「……沙羅」
亜紀は携帯を放る。
驚きながら、沙羅が携帯を取り、耳に当て、少し会話をすると、電話を切った。
「亜紀……協会に来いだって」
沙羅が何か言いたげに視線を向ける。
「そうか」
亜紀は窓の外を見ながら、生返事をする。
「明後日の日曜日だって」
「そうか」
「亜紀、聞いてるの!?」
亜紀の生返事に苛立った沙羅が叫び、亜紀の肩を掴む。
「協会に行くって事は、私たちの世界に来るって事なんだよ!?いきなり、どうして!?確かに、私たちの家系は、魔術師の家系だけど、別にこっちに来る必要はないんだよ!?」
その叫びは、亜紀の事を思った叫びだ。
魔術の業界とは、裏の業界。
人が死に、人を殺しなんて当たり前。
そんな世界に、唯一の肉親を行きたがらせる、家族なんて居ない。
だが、そんな叫びを聞いたはずの亜紀は一向に窓の外から目を離さない。
「亜紀!」
沙羅が痺れを切らし、亜紀の方に回り込むと
「……ッ!!?」
沙羅は息を呑む。
そこには、何時もの亜紀の姿はなく、
深い憎しみを表に晒し、自らを保とうと唇を噛み締める、瞳に闇を蠢かせる、“何か”がいた。
「……沙羅…分かってるよ。お前が言いたいことも、この世界がどういうところかも、だけど、俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ」
すっと、瞳の闇を消し、沙羅を見る。
「それは、こっちの世界のことだから、俺にはこっちにこなきゃいけない………だから、悪い。お前の言うとおりにすることは出来ない」
「………そう」
沙羅は、手の力を緩め、すとんと、床に手を下ろす。

そこまで、亜紀が感情的になり、やらなくてはならないことは、沙羅には分からなかった。
これが、10年間という歳月から生みなす物なのかと、沙羅は奥歯を噛み締めた。

夜中

沙羅はとりあえず空き部屋に寝かした。
10年前から全く変わっていない沙羅の部屋は今の沙羅のサイズには小さく、止まることは出来ないため、代わりに、他の部屋を使った。
沙羅が寝静まったところで、亜紀はワインの壜とグラスを掴むと、家の屋根に上った。
月が綺麗だと亜紀は溜め息を吐きながら、グラスに赤ワインを注ぐ。
「…ふぅ」
グラスを傾け、中に入っているワインを飲み干す。
亜紀は眠れない夜があると、たまにこうやって酒を飲むのだ。
《コノ国デハ、子供ハ酒ヲ呑ンデハイケナイノデハナカッタカ?》
頭にソウルの声が響く。
「うるさい。こんな綺麗な月が浮かんでるのに、酒を飲まずに居られるか」
グビリとビンから直接ワインを飲む。
「甘いな…」
と、亜紀は呟く。
《ソノ歳デ酒ノ味ガ分カルノカ?》
意外そうに、呟くソウル。
「まぁ、な」
グビリと甘い酒を飲む。
《汝、何故、ココマデコノ世界ニ拘ル》
何処か皮肉めいた口調で、ソウルは訊く
「知ってるくせに訊くな」
亜紀の魂の根元に施された、魂喰らいの呪いは、亜紀と同調する。
そのため、ソウルイーターが亜紀の考えを知らないはずがないのだ。
《汝ノ口カラ聞キタイモノダナ》
笑っているのか、笑っていないのか、判別し難い声だと、亜紀は溜め息を吐く。
「お前、話すと面白い奴だな」
《ソウデモナイサ》
こうやって話していると、亜紀は、ソウルが普通の人間と変わりが無いような気がした。
もしかしたら、それは正しいのかもしれないと、亜紀は思う。
ソウルには人格がある。その人格は、誰かを模して創ったのかもしれないし、その人格の元の人間を生贄にして創ったかもしれない。
生き物を生贄にする魔術は、少なくない。ソウルもその一つかもしれないという可能性は、捨てきれない発想だった。
《ソレハ、我ニモ分カラナイコトダ》
「人の考えを読むな」
溜め息を吐きながらグラスにワインを注ぐ。
この調子だと、一本空けてしまいそうだと、思いながらも、酒を注ぐ手は止まらない。
《明日モ学校ガアルンジャナイカ?》
「うるさい。どうだっていいさ」
段々と、意識がまどろむ。そんなまどろみに耐えながら、月を見上げ
「……向日葵…」
一人の少女の名を呟き、意識はまどろみに屈した。


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