Angraecum


白く彩られた街は 
クリスマスのために飾られた
イルミネーションで淡く輝いていた

冷たさを感じさせたLEDの発光は
今だけは温かみを見せていた

しかし、幾ら彩られても
その街を独りで歩くのは
とても寂しく、空しさを抱かせた

手には、花束があるが
それを渡す相手は
もう、居ない

分かっていながらも
毎年毎年、タバコの光を灯しながら
恋人で溢れる街を眺め
そっと、息を吐く

太陽は沈み、月は雲に隠れて今は見えない。
イルミネーションと
口元で揺れるタバコの火だけが
夜の街を照らしていた

待ち合わせに使われる時計塔が
午前12時を指した
溢れるラブソング
はしゃぐ恋人たち

丁度くわえていたタバコも短くなった。
潮時か、と思い、タバコを捨て、足の裏で潰した。

そんななか、恋人達で溢れた街に
ぽつんと、一人の女がいた。
丁度向こう側のベンチに、独り
俯きながら、肩を小さくしていた。
泣いているように見えた。

ふと、彼女が顔を上げた。
眼が合った。
そして、再び彼女は俯く。

手元にある花束を見た。
もう、必要のないものだった。
これを受け取る相手はいない。
持って帰っても、捨て場所に困るだけ。

思わず、歩を進めていた。

特に思うことは無かった。
ただ、何となく。
それだけのことだった。

女の目の前に立った。
気付いたのか、顔を上げていた。
驚いているのが、顔に出ていた。
何も言わずに、手元の花束を差し出した。

女は、その花を受け取った。

そして、花を渡した後、何も言わずに
立ち去ろうとした。

しかし、後から
一言だけ、悲しそうな、嬉しそうな、そんな声がした。

――ありがとう

吃驚しながら後ろを向くと
彼女は居らず、
ベンチには、花束が
乗っているだけだった

ふいに、目頭が熱くなり、
頬に、涙が伝わった。

何故、涙が流れたのかは分からなかった。

彼女が、なんだったのかも分からなかった。

だが、この日起きたこの出来事は
何年経っても、きっと、覚えていることだろう。


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