ニ週間後、俺は環境を変えるため引越しをした。 ツキが向いているのか、引越し先やらその他の手続きは直ぐに終わり、二週間後の今日俺は、住んでいた場所から遠く離れたところに引っ越してきた。 海が近いせいか、鼻に潮の香りがツンと漂う。 今日から住む、津濃市だ。 そういえば、自己紹介がまだだった。 俺は、時丘 往人。 22歳独身。 それ以上でもそれ以下でもない。 自分を表すものは名前だけで十分。 だが、それでは孤独から逃げられない。 だから俺は、今までの自分との決別として、名を 時丘幸人としよう。 幸せな人になれるかは、まだ定かではない。 津濃市の中央街から少し離れた所に在る、平々凡々と言うに相応しいアパート。 秋祖荘だ。 そこの大家さんの家に向かう。 『大家兼管理人・富島 月穂』 そう書かれた表札の部屋。インターフォンを鳴らすと、奥からなにやらけたたましい金属音が鳴り響く。俺が驚くと、キィイとドアが開いた。 「す、すみません。あぁ新しい住居人の方ですかぁ?突然、現れるからビックリしましたよ。どうも、初めまして。富島月穂です」 二つに分けた髪の毛の先っぽをリボンで結んだ、小さな少女であった。とても管理人には見えない。しかし、彼女が表札に書かれた富島月穂というのだから、そうなのであろう」 「初めまして、時丘幸人です。これからお世話になります」 「はい、コチラこそよろしくお願いします」 ニコニコしながら少女はコチラに手を伸ばす。 俺は一瞬ためらい、そして手を伸ばした。 小さな手が俺の手に触れる。そして、しっかりと握手をする。 「フフフ、幸人さんは…お幾つですかぁ?」 「先月22になりました」 「そうなんですか。私の二つ上ですね」 二十歳なのか。 「…えっとぉ、ユキトさんのお部屋は、303号室ですので、三階ですぅ。荷物は運ばれてますから、ご近所の方に挨拶だけしといてください」 俺は、所謂社交辞令のような挨拶を終え、自らの部屋に足を運んだ。 部屋は質素な物だ。前のアパートから持ってきたものは冷蔵庫やらテレビ。本やその他雑貨類は全て捨ててきた。 一年の余命。残り11ヶ月しかないのに雑貨類は危険だ。無駄な時間を過ごすだけでしかない。 ふと、中央に置かれた、前の家から引き継いで持ってきた机の上を見た。特に意味は無かったのだが、そこに置いてあるものを見つけ、俺は眼の色を変えた。 見覚えのある茶封筒。 俺はすぐさまその茶封筒の封を開け、中身を取り出した。 一枚のレポート用紙。一ヶ月前俺が“生き返った”時においてあったものと、全く同じ。 『環境を変えたか。まぁそれもいいだろう。 十分運命を変えようという明確な意思に繋がっている。 君に言い忘れていたことがあったから伝えておく。 おそらく、君は数え切れないほどの試練を負う。 どうしようもない、必然であるから、私を責めてもらっても困る。 死んだ人間が生き返る。それがどれだけ大きなことか、理解しておけ。 君が考えている以上に悲痛な運命が廻るかもしれない。 だが、挫けてはいけない。 運命は、抜け出すものでも逃げ出すものでもない。 壊す物だ。 それを、忘れてはいけない』 そこで、手紙は終わりを告げた。 試練?何だそれは… 俺は小首をかしげた。 試練とは何か…皆目見当がつかない。 ……見当がつかないという事は、考える必要はない。 まぁ心の片隅にでも止めておけばいいか。 と、俺は呑気に考えていた。 このとき、俺がこの意味を理解していたら、どうなっていただろうか。 少しでも、この先に待ち受けた運命が、変わったのかもしれない。 しかし、コレはもっと先に待ち受けた話だ。 今は、関係がない…… ○=目次へ |