第一話 引越し



ニ週間後、俺は環境を変えるため引越しをした。
ツキが向いているのか、引越し先やらその他の手続きは直ぐに終わり、二週間後の今日俺は、住んでいた場所から遠く離れたところに引っ越してきた。
海が近いせいか、鼻に潮の香りがツンと漂う。
今日から住む、津濃市つのうしだ。
そういえば、自己紹介がまだだった。
俺は、時丘ときおか 往人ゆきと
22歳独身。
それ以上でもそれ以下でもない。
自分を表すものは名前だけで十分。
だが、それでは孤独から逃げられない。
だから俺は、今までの自分との決別として、名を
時丘幸人としよう。
幸せな人になれるかは、まだ定かではない。

津濃市の中央街から少し離れた所に在る、平々凡々と言うに相応しいアパート。
秋祖荘あきそそうだ。
そこの大家さんの家に向かう。
『大家兼管理人・富島とみつか 月穂つきほ
そう書かれた表札の部屋。インターフォンを鳴らすと、奥からなにやらけたたましい金属音が鳴り響く。俺が驚くと、キィイとドアが開いた。
「す、すみません。あぁ新しい住居人の方ですかぁ?突然、現れるからビックリしましたよ。どうも、初めまして。富島月穂です」
二つに分けた髪の毛の先っぽをリボンで結んだ、小さな少女であった。とても管理人には見えない。しかし、彼女が表札に書かれた富島月穂というのだから、そうなのであろう」
「初めまして、時丘幸人です。これからお世話になります」
「はい、コチラこそよろしくお願いします」
ニコニコしながら少女はコチラに手を伸ばす。
俺は一瞬ためらい、そして手を伸ばした。
小さな手が俺の手に触れる。そして、しっかりと握手をする。
「フフフ、幸人さんは…お幾つですかぁ?」
「先月22になりました」
「そうなんですか。私の二つ上ですね」
二十歳なのか。
「…えっとぉ、ユキトさんのお部屋は、303号室ですので、三階ですぅ。荷物は運ばれてますから、ご近所の方に挨拶だけしといてください」
俺は、所謂いわゆる社交辞令のような挨拶を終え、自らの部屋に足を運んだ。
部屋は質素な物だ。前のアパートから持ってきたものは冷蔵庫やらテレビ。本やその他雑貨類は全て捨ててきた。
一年の余命。残り11ヶ月しかないのに雑貨類は危険だ。無駄な時間を過ごすだけでしかない。
ふと、中央に置かれた、前の家から引き継いで持ってきた机の上を見た。特に意味は無かったのだが、そこに置いてあるものを見つけ、俺は眼の色を変えた。
見覚えのある茶封筒。
俺はすぐさまその茶封筒の封を開け、中身を取り出した。
一枚のレポート用紙。一ヶ月前俺が“生き返った”時においてあったものと、全く同じ。
『環境を変えたか。まぁそれもいいだろう。
十分運命を変えようという明確な意思に繋がっている。
君に言い忘れていたことがあったから伝えておく。

おそらく、君は数え切れないほどの試練を負う。
どうしようもない、必然であるから、私を責めてもらっても困る。
死んだ人間が生き返る。それがどれだけ大きなことか、理解しておけ。
君が考えている以上に悲痛な運命が廻るかもしれない。
だが、挫けてはいけない。
運命は、抜け出すものでも逃げ出すものでもない。
壊す物だ。
それを、忘れてはいけない』
そこで、手紙は終わりを告げた。
試練?何だそれは…
俺は小首をかしげた。
試練とは何か…皆目見当がつかない。
……見当がつかないという事は、考える必要はない。
まぁ心の片隅にでも止めておけばいいか。
と、俺は呑気に考えていた。

このとき、俺がこの意味を理解していたら、どうなっていただろうか。
少しでも、この先に待ち受けた運命が、変わったのかもしれない。
しかし、コレはもっと先に待ち受けた話だ。
今は、関係がない……


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